我が家の庭に現れる近所の猫。勝手にシロタンと名付けた

ledygo2010-01-23

たぶん飼い猫?以前はピンクの首輪をしてたから。
うちのかいちゃんは前は興奮していたけど今は無視するようになりました(笑)
今朝は東京の叔母さんが亡くなったという母からの電話で起こされました。
一昨日、母がお見舞いに行った時はもうほとんど意識がなくて、今月いっぱいもたないのでは?と心配していて、それでも今回私と一緒に上京して会えて良かったと言っていた矢先でした。そんな現実が次々やってきて、私のほうも明日主人の親戚の方が亡くなったので告別式に主人と行ってきます。
きょうまで休みをとっていたので、昨夜はパンフレットを読んだり、カミコン見たり、夜更かししたせいか寝坊して、起きて居間におりてったらもう主人が夜勤から帰ってくつろいでました。昨夜は家に着く前に主人に電話したら、すれ違いで出勤した主人がヒーターをつけて暖めてくれていて、主人の優しさに心があったかくなりました(笑)

舞台のあの現実離れしたようなごちゃ混ぜな世界に身を投じてきて、こうして待っていてくれる人と場所があるって幸せなことだなぁと思いました。

パンフレットをじっくり読んでみると、この舞台への臨み方がわかるような気がしました。
蜷川さんは役者自身の創造力と理解力に任せ、役者自身からあふれるものにさらにヒントを感じとり、それに肉付けして作り上げたんじゃないかな?
戯曲そのものをまともに理解しようなんて、私にはできません。でも理解できなくてもかまわないと思いました。ただ良と灰男と夏美の3人の関係性は理解できたように思います。

剛君扮する良の純粋さと真っ直ぐな心がよけい切なかったなぁ。
良が夏美と同時に詞を朗読する時の剛君の表情!二階席から双眼鏡でがん見してたけど、あの時の優しさと色っぽさの混じった表情といったら!姉への慕情を感じさせた剛君の演技。そして最後の、首吊り死体にすがって「仲良くしよう」って言った良の心情が伝わってきて、ジーンとしました。あのあと良はどうなるんだろう、どこへ行ってしまうんだろうかと考えたけど、考えないほうが幸せかも。切なすぎるもの。

今回蜷川さんの舞台を見て、森田剛の演技力は確実にしなやかに対応しながら進化してると思ったし、剛君はきっとテレビの中じゃなく舞台上で体一杯で表現するほうが合ってるんじゃないかって思いました。
体力と気力が半端じゃなくしんどいかもしれないけど、だからこそやりがいもあるし、ダイレクトな客の反応にも触発されて、役者として大きくなれそうな気がする。
あの難しい台詞をよどみなく言えることだけでも凄いことですよね。
そんな剛君が目の前で現実にいた!ってことが舞台の醍醐味だし、生の剛君を見れるのはファンとして贅沢で幸せなことだなぁとつくづく思いました。